添乗員インタビュー:元映像クリエイターの添乗員が語る「あなただけの旅」を楽しむ方法とは?

添乗員に仕事のやりがい、実務でのさまざまな出来事など、現場のリアルを語ってもらう添乗員インタビュ―特集。

添乗員は、過去にいろいろな経歴を持っている人がたくさんいるのですが、今回は添乗員のなかでも異色の経歴、映像クリエイターから添乗員へ転身された、山嵜貴士さんにインタビューしました。

山嵜さんはどのような経緯で旅行業界に飛び込まれたのか、添乗員の醍醐味とはなにか?「人が好き」「旅行が好き」なその胸にある熱い想いなど、余すところなく語っていただきました。

添乗員になったきっかけは、別の仕事に利用するためだった

――元映像クリエイターという異色の経歴をお持ちですが、どういった経緯で添乗員に転身されたのですか?

山嵜貴士さん(以下、山嵜さん):エンタメ業界の映像クリエイターとして、約10年働いていたのですが、旅行をテーマにした映像コンテンツのサービスを立ち上げたいと思って起業を計画したんです。それが「世界の名所や観光地の映像」を撮影して、VRやAR技術を使って「仮想空間をリアルに体験できる」というものです。

ただ、実際に海外に行ってコンテンツを制作するとなると、かなり費用がかかりますよね。

そこでその費用を浮かせるために、「添乗員になれば仕事で海外にいけて、ついでに撮影もできるのでは!」という安易な発想で決めたのがきっかけです(笑)。趣味が旅行ということもあり、まさに一石二鳥だと思ったんです。

―― 「起業のための撮影目的」というのが、添乗員のお仕事をはじめたきっかけなのですね。

山嵜さん:はい、ただ実際は考えが甘くて…。当たり前なんですが、仕事中にカメラをまわすことなんてできなかったんですよね。

さらに、添乗員は行き先を選べないので、たとえば極端な話「アメリカに行きたい!」と思っても、連続でイタリアばかりということも普通にあります。そもそもいろんな国に行って撮影できるわけもなく、目的は即座に打ち砕かれてしまいました。

―― 当初の目的を果たせないとなっても「続けたい」と思われた添乗員のお仕事は、どういうところに魅力がありますか?

山嵜 さん:やはり仕事でいろいろな国へ旅行に行けることですね。それ以上に、自分の根底にあるのは「人が好き」、そして「見聞が広げられる」というところです。人と話すことが好きなので、旅のなかで知ったいろいろなことをお客様にお伝えしたり、自分のやったことに感謝されたりするのが、すごく嬉しいですし、楽しいんです。

そういったことが、「添乗員」という職業の魅力ですね。

―― まさに天職にめぐり合ったという感じですね。

山嵜 さん:きっかけは別の目的のためではありましたが、そのおかげで添乗員という仕事に巡り会うことができましたね。

添乗員のやりがいを感じたエジプトでの出来事

―― これまでの添乗で、忘れられない出来事はありますか?

山嵜さん:あるエジプトのツアーで、お一人参加のご年配の女性がいました。本当はご夫婦で参加される予定だったそうなのですが、急遽ご主人が体調不良で参加できなくなってしまったんです。そのため、なるべく寂しい思いをなさらないようにと、ちょっと気にかけていました。

そしてギザの三大ピラミッドのフォトスポットに立ち寄った際に、その女性が「体調が悪いので、休んでいていいですか?カメラも充電がなくなってしまったので、写真は撮らなくいいので…」とおっしゃったんですよ。

さすがにそれはと思って「僕のスマホで撮りましょうか?」とお伝えしたんです。
本来、そういうことは添乗員の仕事ではないですし、お客様によってはあまり歓迎されない行為です。でもその時は「お一人でも旅行を楽しんでもらいたい」という思いがあったので、無意識的に声をかけてしまいました。

その女性も「そこまで言っていただけるなら、ぜひお願いします」と言ってくださったので、ピラミッドをバックに数枚撮影して、メールでお送りしたんです。そうしたらものすごく感謝されて…メールのお返事に「実は、エジプトに行くのは、30年越しの夢だったんです。この写真は、私にとっての宝物になります。あの時声をかけてくださって、ありがとうございました」と書いてありました。

―― 素晴らしい体験ですね。「人が好き」な山嵜さんだからこそ、自然に声をかけることができたのだと思います。

山嵜さん:お一人で、しかも初めての地で、なんとなく調子もイマイチ、カメラの電池もない…少し気を落とされていたのかもしれません。あの時、お客様に声をかけて本当に良かったと、こちらの方が感激しました。添乗員のやりがいを一番強く感じた、忘れられない出来事ですね。

肉体面と精神面、感じる両面での苦労

―― そのような嬉しい出来事がある一方、大変なことも多かったのではないでしょうか。苦労した点はありますか?

山嵜さん:それは正直、めちゃくちゃありますね(笑)。どんな仕事でもあるとは思いますが、肉体面と精神面の両方です。

まず肉体的には「睡眠時間が短い」ことです。準備に時間がかかって「3時間しか寝れない」というのもザラです。早く寝なきゃならないのに、疲労がピークになると目がギンギンに冴えて寝られなかったり…。慣れればどんな状況でも眠れるのですが、最初の頃はキツかったですね。

―― 海外だと時差もありますし、きっと深夜に到着して早朝からといったスケジュールも多いですよね。そうした体力的な部分に加えて、精神面での大変さはどんなことですか?

山嵜さん:さきほどの「睡眠時間」の話にも通じるのですが、「もし朝起きられなかったら…」というプレッシャーがハンパじゃありません。いつも「もし寝坊したら100万円の損害になる」と思って寝ています。

もちろん、何かあったときに添乗員が全額負担するというわけではないですが、何より、お客様に迷惑をかけてしまうという重圧が大きいんですよね。

あとは現地で「お客様が集合時間に戻ってこない」時です。これはもうツアーあるあるなのですが、こういう事態が起こると全身の血の気がサーっと引いていくのがわかります。

―― それはすごい心労になりそうですね。特に「これは大変だった」という事件やトラブルなどはありましたか?

山嵜さん:一番焦ったのは、エジプトの王家の谷という観光地で、フリータイムのあとの集合場所に一人参加のおじいさんが戻ってこなかったんです。集合場所付近や神殿の方まで走って、走って、さんざん探し回って、でもどこにもいなくて…。海外なので、基本的にお客様の電話は繋がりません。

結局もうだめだ…と他のお客様と一緒にバスに戻ると、なんとちゃっかり座席に座っていたんですよ(笑)。

―― そんなまさか!勝手に戻ってしまっていたんですか?

山嵜さん:そうなんです。駐車場は100台くらいの観光バスが停まっているので、僕もまさか自力でバスを探せると思ってなかったですし、完全に想定外でした。

後からわかったのですが、たまたまバスのドライバーさんが一人でフラフラしているおじいさんを見つけて、バスに案内してくれていたそうなんです。さすがにその時はお説教しちゃいましたね(笑)。

他にも空港で行方不明になったおばあさんがいて、その方は結局ベンチで寝落ちしていたという…。飛行機には間に合ったからよかったのですが、そのときも生きた心地がしませんでした。

―― 本当にいろいろなトラブルがあるのですね。なかなか気が休まらなそうです。

山嵜さん:そうですね。でも実は今まで、出国や帰国の便に間に合わなかったということは一度もないので、それは密かな自慢なんです。まわりの同僚はもっと大きなトラブルや事件を経験してるので…ここではとても言えませんが(笑)。

おすすめしたい、行って良かった国々

―― これまで添乗で行かれた場所で「行って良かった国」を教えてください。

山嵜さん:どこもいいのですが、特にというと二つあります。一つ目は先ほどのエピソードでもお話ししたエジプトです。昔から行きたかった場所で、実際に添乗で行く数年前にプライベートで友人と行く計画を立てていたんです。ただそれが仕事で行けなくなってしまったんですよね。その後、添乗員としてはじめて担当した海外ツアーがエジプトだったんです。

―― 行きたかった国にいきなり行くことができたんですね。

山嵜さん:そうなんです。エジプトといえば「ギザの三大ピラミッド」が有名ですが、それ以外にも見所はたくさんあります。200人くらい収容できるクルーズに乗りながら、各地の観光都市や遺跡を巡ることができる「ナイル川クルーズツアー」なんかは、最高にのんびりできて良いですよ。

―― クルーズ船でのんびりしながら遺跡観光というのはいいですね。もう一つはどちらですか?

山嵜さんウズベキスタンです。意外と知られていないのですが、親日国で治安も良く、とても過ごしやすい国なんです。

海外ではあまり見ない光景ですが、子どもがひとりで外を歩いていても大丈夫というめずらしい国です。日本以外では考えられません。

また、目上の人を敬う文化が根付いていて、電車やバスでは必ず年配の方に席をゆずってくれます。高齢の方でも安心して旅行ができるんです。

―― ウズベキスタンというのは少し意外でした。ここは見ておくべき観光スポットはありますか?

山嵜さん:見どころは「ナボイ劇場」という、戦後ソ連に拘留された日本人が作った歴史的な建物(オペラハウス)です。

ナボイ劇場の建設には、当時多くの日本人捕虜が強制的に働かされていました。かなり劣悪な状況でも決して手を抜かず、完成させたそうです。そのときの日本人の働きぶりを見た現地の人たちは敬意を表し、仲間として迎え入れたといいます。

その約20年後に襲った大地震では、街がほぼ全壊するなか、このナボイ劇場だけが無傷で残って避難所として被災者を救いました。そこでまた、日本人の仕事の丁寧さや勤勉さがたたえられた、というエピソードがあるんです。

―― 日本と縁のある国だったのですね。行ってみたくなりました。反対に「ここはもういいかな…」というところはありますか?

山嵜さん:基本的にはあまりないのですが、あげるとすれば中国の「武陵源」ですね。大自然に囲まれた秘境で、高さ200mを超える岩の柱が何千本も林立している景色がすばらしく世界遺産にも登録されています。映画『アバター』のモデルにもなった場所で、最初に行った時はその絶景のすごさに圧倒されました。

ただ、相当な回数を行っているんです。さらにかなり歩くので、さすがにもういいかなと…。ここよりは、他の場所に行きたいなと思いますね。もちろん、武陵源自体はとてもいいところなので、足腰には自信がある方、若くて体力のある方におすすめしたい場所です。

大事にしているのは「お客様に最高の時間を過ごしていただくこと」

―― 添乗員として一番大事にしていることはありますか?

山嵜さん:多くのお客様は、忙しい仕事の合間をぬって海外旅行は年に1回、数年に1回かと思います。その貴重な1回に、時間とお金を使ってツアーに来てくれるわけですから、「最高の思い出にしてほしい」という思いがあって、それは常に意識しています。

ですからツアー先では、自分の自由時間を削ってでも、お客様に「最高の時間」を提供できるように仕事をする、そこが一番大切にしていることですね。

レンズ越しではなく、自分の眼にも景色を焼きつけて欲しい

――最後に、この記事を読まれている読者の方に向けて、メッセージをお願いします。

山嵜さん:旅行を楽しむために、ぜひ自分でもいろいろ調べてから行って欲しいなと思います。私たち添乗員も、たくさんの情報をお伝えしたいのですが、ツアーはお客様20〜30人いらっしゃるのでどうしても優先度の高いことに限られてしまうんです。「ここに行ってみたい」「これを準備をしておこう」とあれこれ考えるのは、まさに旅の醍醐味だと思うんですよね。事前にいろんなことを調べてみて、それを自分の目で見る、それが旅行がより楽しくなるポイントになるのかなと。

そのためにも、この「旅添」のようなサイトをどんどん活用してもらって、「あなただけの旅」を能動的に楽しんでほしいと思います。

そうして現地では、僕たち添乗員をうまく利用してください。ツアー参加のみなさん全員の前では言えない、とっておきの情報やネタも持っていたりするので、こっそり質問していただければぜひお伝えしますよ。

そしてもう一つ、自分の眼で実際の景色を楽しんで欲しいということですね!現地に行くと、どうしてもみなさん、すぐにカメラや動画で撮影することに夢中になってしまって、実際の景色を見るのが意外と二の次になりがちなんです。

前職で映像に携わっていた僕としては、その気持ちはよくわかるのですが(笑)、やはり実際に見た感動や印象というのは違います。まずは現地でしか味わえないスケール感や空気感を堪能してほしいですね。

またこれは添乗員目線のアドバイスではありますが、撮影に夢中になりすぎて転んでしまったり、ケガする方も少なからずいらっしゃるんです。写真撮ることに夢中になりすぎて、安全面をおろそかにしないようにだけ気を付けてください。
ツアー中、写真撮影タイムは必ずあるのでまずは落ち着いて、実際の景色を自分の眼にしっかりと焼きつけて欲しいと思います。


(インタビュー・文:二宮 臣人)

tabiten

『旅添』は、世界50カ国以上を旅してきた旅好き元・添乗員Anaを中心に添乗員仲間が本当に役立つ旅の情報をお届けする旅メディア。国内外の旅のお役立ち情報を発信しています♪

最新情報をチェックしよう!